新しい一歩を踏み出せない時に読んでほしい|あなたはいつでも自由だということ

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ich(いち)

地方を旅するノマドワーカーとして、特定の家を持たずに旅をしながらブログを書いて生活する24歳。 こじらせ女子代表として、女の子に向けた恋愛相談やコラム連載などを発信しつつ、「可愛く」「おしゃれ」に旅をするというコンセプトの元、キャリー1つで地方を転々とするノマド旅を始める。フォロワーは現在2000人を突破。恋愛ブログはLINEブログのトップを飾るなど、多方面で活躍中…!

こんにちわ、フリーエステティシャンのich(いち)です。

この一ヶ月、ほぼ家に帰らないノマドライフを経験してみて、わたし、ある決断をしました。

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6年住んだ大阪の家を出ることにした

6年もの間、住み続けた街「大阪」を、来月いっぱいで出ることにしました。

この後のことは、正直全然決まっていませんし、今までやってきた方法では稼げないため、本格的にブログ収入や、エステについても考えないといけません。

正直、新しい一歩どころか、危ない橋を渡りまくる覚悟です(笑)

でも、それでも、私は「家を出よう」と決めてから、毎日がすごく清々しく、そして希望に満ち溢れています。

それは、きっと、自分の中にある《重かった鎖》を外すことができたから。

‘‘一歩を踏み出すのが怖い”

いま、もしもそんな風に思って、今いる環境から抜け出せない人がいるのなら、私から伝えたいことがあります。

ずっとずっと、私を縛って離さなかった、その、重い鎖の外し方を。

重かった鎖1:元彼

私が大阪を出られなかった理由に、ひとつ「元彼」の存在があります。

わたしは19歳から21歳までの間に付き合った彼氏のことが忘れられず、恋愛をこじらせにこじらせた結果、

『こじらせ女子代表』として、このブログを運営しようと決め、その称号と共に活動してきました。

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こじらせ女子歴4年目の私が、こじらせ女子になった理由について。

何をするにも、何を決めるのにも、「彼」中心だった私の生活は、彼と別れたことによって消え去り、空っぽの自分だけが残った時、初めて、彼がいない大阪に何の意味もなかったことに気付いた私は、その空虚感と虚しさに、なんども大阪を出たいと思いました。

けれど、同時に、大阪を出るということは、大阪の思い出を全部「彼がいたから」ということにして、自分は逃げてしまっているような気がしてならなかった。

とても悔しかったし、負けたくないと思った。彼以外にも、大阪に自分がいる意味を見つけたい。

まるで魚の小骨みたいに、小さく胸に刺さったトゲは、ちくちくと私の身体を刺激しながら、それでも、確かな原動力として、今日まで胸の片隅に、いてくれたのだと思います。

だけど、それも、もう終わり。

彼と別れてからの三年間、今日までいろんなことがあったけれど、私はもう彼と一緒にいった思い出の場所に行っても、彼を探さなくなりました。

それは、きっと他に、「一緒にいたいな」と思える人たちと、たくさん出会うことができたから。

こじらせ女子は素直になれないと自負して生きてきたけど、

好きな人にちゃんと「好き」と伝えたり

素直に生きてもいいんだって思えるようになれたから。

もう、私を大阪に縛っていた「元彼」の原動力は必要ない、きっとこれから先も、わたしは素敵な恋ができるし、素敵な人と一緒にいることができるという確信の中で、魚の小骨は、いつしか全く胸を刺すことも痛めることもなく、自然に消えてくれたことに気付いた時、ようやく、踏み出す決心ができたのです。

縛っていた鎖2:見栄とプライド

そもそも、私が大阪に上京しようと思ったのは、《自分が田舎に住んでいる》ということに、ある一種の引け目を感じていたから。

田舎に住んでいるから、何もない。

田舎に住んでいるから、何もできない。

いつしかそんな風に考えるようになった頭の片隅で、「都会に出れば何かが変わる」と、信じて疑わなかったあの時代。

もともと洋服が好きで、自分を着飾ることに興味があった当時の私は、買い物で都会に出るたびに、行き交う人々や、並ぶブランド品の数々、おしゃれなカップルに、最近話題のお店たちに目を輝かせながら、「いつか自分もここで、都会の人みたいにスタスタピンヒールで歩いたり、カップルでお揃いの服を来て雑誌に載ったりしたいな」なんて、期待を抱かせてはわくわくしていました。

そして、上京してからはバイトを三つ掛け持ちしながら、自分の好きなお洋服や欲しいブランド品も、おしゃれな彼氏も、大好きな友達も増えて、あの頃憧れていたような理想の自分に近づいていることが嬉しくて、誇らしくてたまらなかった。

田舎で過ごしていた、地味でダサい私はもういない。地元に帰るなんて馬鹿らしい。

でもそれは、ただ単にわたしの見栄と、プライドだったのだと気付いたのは、大阪に住んで四年ほど経ったある日のことでした。

ピンヒールよりスニーカで軽やかに生きていける人生がいい

元彼と別れた私は、仕事も転職し、新しい場所で一から自分の関係性を築くために、引越しもして、新しい場所に住み始めました。

しかも、今回の職場は大阪の一等地にそびえ立つ大きなビル。昔、「ピンヒールでスタスタ歩きたい」そんなことを考えていた憧れの街で、気づけば、自分もピンヒールでかつかつ歩く大人になっていた私がいました。

前から歩いてくる人たちに道をふさがれても、間をすうっと通ることができたし、昔は通るのに一苦労していた改札も、チャージ機能のついたカードでなんなく通過することができる。

でも、私はなぜかいつも満たされず、なぜか、いつも不安で、いつもイライラしていて、気づけば、ピンヒールで歩くその足は、絆創膏だらけでボロボロになっていることにも、気付けないまま走り続けていたように思います。

そんなある日、仕事の関係で訪れた「豊島」という香川にある小さな島で、それまでの私の価値観をくつがえす、ある出来事が起こったのです。

人口数千人の小さな小さな離島、豊島は、買い物に行くのにもなんとフェリーで一時間乗り継がないとたどり着くことができず、夜になると街灯の明かりですら頼りない、なんとも不便な場所でした。

今まで、私は自分の住んでいた街、鳥取が一番田舎だと印象を持っていたので、それ以上に小さい島があり、そしてそこで暮らす人たちがいることに、恥ずかしながらその時カルチャーショックを受けました。

こんなに不便な場所で暮らして、何の意味があるの?

遊ぶところも、食べるものも、不自由で何もない、そんな印象を受けた私は、でも、どこかで、「おはよう」「こんにちわ」「おやすみなさい」が飛び交う島の人たちの会話や、数人しかいない学校の校庭で、楽しそうに遊ぶ子供達、ゆっくりと流れるその時間に、羨ましさを感じました。

朝早く起きて、日中は業務に走り回り、帰りは疲れたその足でコンビニに行き帰り道におにぎりを頬張っては、明日の予定を考えながら「このままで私の人生はいいのだろうか」と自問自答する日々。

そんな日常が当たり前だったのに、豊島の民泊で食べるあたたかいご飯を口にした時、「ああ、幸せってこういうことなんだろうな」と、直感でそう感じました。

田舎には、なにもないと思っていた。

田舎に帰るのなんて、馬鹿らしいと思っていた。

でも、本当にそうなのでしょうか?

この島で暮らす人たちに触れ、たとえばすぐに食料が手に入るコンビニがそこになくても、周りの人たちと声をかけあって分け合えるとれたての野菜やお米が食べられれば、それをひとくくりに「不便」というのは、間違っているのではないだろうか?

わたしは都会に立つビルで働くOLになって、自分が変わったような気がしていたけど、実際は何も変わっていませんでした。

気付けば、溢れ出す物や、そびえ立つビルの大きさや、立ち並ぶ高級ブランドの山に囲まれて、いつしか大切な物が見えなくなっている私がいた。

ピンヒールでスタスタ歩く大人に憧れていたけれど、でも、今はこのボロボロの足元をちゃんと治してあげたい。

スニーカーで軽やかに、行きたい場所に行ける自分の方がずっとずっと素敵だと感じている私がいた。

こうして、豊島での出来事をきっかけに、私を縛る変な見栄やプライドはもういらないことに気付いた私は、もう地元に帰ることが負けだとか、かっこ悪いだなんて、一切思わなくなった。それを思っていたのは、「あること」でしか幸せを見出せなかった、何も知らない私だったから。

たくさんの大切なものたちに触れ、なにが自分にとっての原動力か知ることができれば、どこにいても、何をしていても、わたしたちは、十分に「幸せ」と感じることができるのだから。

豊島からの帰り道、私はピンヒールを捨てた。

新しく履いたスニーカーは、軽やかで、どこまででも歩いていけそうな気がした。

あなたを縛るものは、なんですか?

私を縛っていた大きな二つの鎖は、この6年間の間でさらに拡大し、余分な物たちをたくさん引き連れて、もはやそれが鎖だとわからないくらいに、錆びて、ねじれて、強固な物になっていたと思います。

なぜなら、この二つに気付いても、それを外せたのは本当にここ最近だったから。

会社をやめてフリーランスになっても、なかなかその鎖の解き方はわからなかったし、ブログを初めても、いつも隣の芝は青く感じて、私はいつまでも誰かや何かと比べる生活ばかりしているなあと、繰り返し思うことも多々あった。

でも、そんな時に、いつも自分に問いかけていた、魔法の言葉がある。

‘‘どこへ行ってもいい、何をやってもいい”と言われた時、思い浮かぶことはなんなのか。

‘‘誰と一緒にいてもいい”と言われた時、一緒にいてほしいと思う人は誰なのか。

‘‘どこに住んでも自由だよ”と言われた時、住みたいと思う場所はどこなのか。

そうやって、ひとつひとつの鎖を解いていくための、魔法の呪文。

そこには、余計なしがらみや、プライドや、自分を縛るあれこれに左右されない自分だけの本音がいつも隠されていた。

 

私がいまこの質問を投げかけられたら、

「キャリーひとつで地方を旅したい」そう率直に、答える気がした。

 

まだ見たことない景色をみたい。

まだ知らない地方で、幸せに暮らす人々に会ってみたい。

夢をたくさん持った若者と、これからの未来や、日本について話をしてみたい。

あの頃の私のように、恋愛で傷ついた人に、恋愛はどういうものなのか聞いてみたい。

 

そういう、たくさんの「わくわく」を自分の一番大切な人と共有しながら生きてみたい。

そう思ったとき、もう自分を縛るそれらに対して、なんの感情も抱かなくなった。

もういらないな、そんなことを思った。

だから、旅に出ようと思う。

私を縛るたくさんの鎖を捨てて、キャリーひとつで、各地方を転々としながら、大好きな「エステ」という職業と、大好きな「ブログ」を武器に《女の子が住みやすい田舎》について、もっともっと深く勉強していきたい。

そのために、今は現地でフリーランスのブロガーとして「ノマド生活」を支援してくれるような地方や、リノベーションや若者の定住、移住に力を入れている地方と繋がっていきたいなと思います。

9月は、サテライトオフィス秋田にお邪魔したり、青森で行われるITワークのモニター調査ツアーなどにお邪魔し、10月は鳥取県大山町で一ヶ月体験移住をしたいなと考えていますが、それ以降のことは一切決まっていません(笑)

それでも、きっとなんとかなるやと思えたのは、やっぱり私がブログを通じて自由な生き方を発信している人たちや、地域おこし協力隊のメンバーや、自分の好きなことを仕事にして奮闘しているメンバーたちに出会えたから。

そうしていつかは地元鳥取に移住して、「若者が夢を見れる街」をつくっていきたい、それが今の私の夢です。

大それたことを言っているようですが、実際はただのフリーのニートですが。(笑)

「女子の力で田舎を元気に」を合言葉に、ノマド生活をしっかり満喫したいと思っています。

私のことを一ヶ月だけでも受け入れてくれる地方の方や地元の方、ぜひうちの地元に女子を紹介をしてほしい!という方々からのご依頼や、お問い合わせなどがあれば、ぜひお声がけしていただければ嬉しいです。👇

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9月は荷造りだったり、今後のことを考えたライター系のお仕事の受注でバタバタしていますが、18日頃までは大阪に滞在する予定ですので、大阪にいらっしゃる方がいればぜひお会いしましょう!

今後のスケジュールはこちら👇

<<<旅する大きなキャリーケースが欲しい!>>

ただいま、地方ノマド旅にあたって、ポルカという資金調達サービスにて600円でご支援をお待ちしております。

支援していただけた方には、私の引越しの際にでた私物 or 似顔絵サービスをさせていただきます!

どうぞよろしくお願いいたします。

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