愛しいものは抱きしめよう

愛しいものは抱きしめよう **

ありのままの私を愛して幸せになる方法

【死について向き合い、考える】実は昨日、おじいちゃんが亡くなりました。

こんにちわ、こじらせ女子なエステティシャンich(いち)です。

今日は大好きなまるもの最終日で、楽しい記事も更新して、明日からは大阪に帰って仕事の予定、でした。 でも、今私は、東京から直通の地元、鳥取行きのバスに揺られて過ごしています。

おじいちゃんが亡くなった

まずは私の家族の話をさせてください。 私には、私の他に家族が3人いて、お父さん、お母さん、お兄ちゃんの順に並んでいます。

おじいちゃん、おばあちゃんは、どちらも鳥取市内にいるので、車でビュンと会いに行こうと思えば会える距離。毎日一緒ではなかったけれど、小さい頃から、なにかにつけておじいちゃんの家に遊びに行ったり、一緒にご飯を食べたりと、比較的家族はみんな、仲良く過ごしていた方だと思います。

私は18歳で鳥取を出て、大阪に上京しました。最初の方は寂しかったけど、大学もあって、彼氏も友達もいる大阪は、刺激がたくさんあって楽しかった。でも、たまに実家に帰ると、いつもの見慣れた風景がどことなく懐かしくて、おじいちゃんとおばあちゃんには、必ず会いにいっていました。

それはもちろん、6年経った今でも続いていて、私はことあるごとにおじいちゃん、おばあちゃんに会いに行く「おじいちゃんちが大好き」な孫だったと自分でも思います。

病気

おじいちゃんに癌が見つかった

そう聞いたのは、確か去年の夏あたりだったと思います。 お母さんからのLINEで目が覚めて、「おじいちゃん、どうなるの?」とドキドキしながら返事を打った。 そのあとお父さんから電話があって、「まだわからないけど、手術すると思う」と聞かされました。

そのあと、しばらくして実家に帰ると、病院には、いつものおじいちゃんの姿。 違うのは、周りの風景と、おじいちゃんの少しやせ細った体型と、病院独特の匂い。

「体調どう?」と聞くと、「今日はちいちゃんに会えたから嬉しいわ」と喜んでくれたおじいちゃん。

ああ、わたしはつくづく愛されているなあと感じると共に、どうか元気になってほしいと心底思ったあの日。

その夏、癌のある箇所を取り除く手術を無事に終えて、おじいちゃんは退院しました。

最初は少ししか食べられなかったご飯も、徐々に食べられるものが増えて、前より少し痩せたけど、元気になったおじいちゃんの姿が嬉しかった。

「あんまり無理したらいけんだで。」 「また、会いにくるけえな。」

そんな言葉をかわして、私はつい最近まで、 またおじいちゃんに会える、と思っていました。

転移

おじいちゃんの癌は、去年の夏から体を犯し、少しずつ少しずつ、進行を続けていたのかしれません。

「転移しちゃったらしい。あと二ヶ月か三ヶ月だって。」

そんなLINEをみて、「いつ帰ればいい?」と聞いたのは、5月11日。今からちょうど、1ヶ月と1日前の出来事でした。

死について

「あと二ヶ月か三ヶ月なら、苦しい姿は見たくないなあ。 六月あたりだったら、まだ元気なおじいちゃんの顔、みてお話できるかなあ」

そんな風に思っていた私は、6月の3週目あたりに休みをとって、おじいちゃんのお見舞いに行くつもりでした。

私には、「死」というものに対して、若干ほかの人よりも、意識が低いところがあります。

というのも、本当に恵まれたことなんですが、私の親族は全員元気に過ごしていて、初めてお葬式に参列したのが、高校生の時。 それも、老衰で亡くなった、ひぃおばあちゃんの葬儀でした。

初めての、『死』に向き合った瞬間。

でも、その時の感覚は一瞬で、なんだか今でもひぃおばあちゃんはどこかでにっこり笑って、私たちを見守ってくれているような気がしていて、寂しいけど寂しくない、そんな不思議な想いに駆られたのを覚えています。

〝身近な人が亡くなったことがない〟

これって本当に幸せなことで、わたしはこれから先、沢山の人が迎える『死』について、どんな風に受け止めていくんだろう?と自分でもすごく不安でした。

免疫がない分、耐えられるんだろうか。 おじいちゃんは今、どんな気持ちだろうか。

痩せ細っていく姿や、弱っていく姿ではなく、元気なうちにおじいちゃんに会っておきたい。

そんな気持ちになったのは、きっと、そんな私が、まだ死に向き合うことのできなかった、弱さの表れなのかもしれません。

間に合わなかった

でも、ホントはもっと早く、行ってあげられたのかもしれない。

「おじいちゃん、あんまり体調が良くなくて、1ヶ月ももたんかもしれんわぁ」そう聞いたのが、つい5日ほど前。

わたしは東京でのスケジュールもあったし、金谷に体験移住することも決まっていて、すぐに帰る!とは言えない状況でした。

そもそも、そんなに一刻を争う状況だとは思わなかった。

「帰る日早めるよ。来週でもまだ大丈夫かな?」

「今は元気だけ、来週なら会えるんじゃない?でも元気なうちに、会ってあげんさいよ」

そんな会話をしたのが、つい嘘のよう。

あの日からたった5日。

2.3ヶ月ですねと余命宣告されてから、たった1ヶ月。

おじいちゃんは、昨日、亡くなりました。

後悔はしてない、でも…

後悔してる?? なんでもっと早く会いに行かなかったの?

頭の中では、そんな自問自答がぐるぐると駆け巡っています。でも、正直、思う。

人なんて、いつ死ぬか分からない。

だって、まだ大丈夫だって言われていても、こんなに早く、こんなにあっさりと、おじいちゃんは他界してしまった。

大好きだったおじいちゃん。 わたしが家に行くと、優しく迎えてくれたおじいちゃん。

まだまだ元気だと思っていた。 癌は摘出できたと思っていた。

でも、こんなにあっさりと、人は死ぬ。 無情にも、人は死ぬ。

わたしは、後悔という概念ではなく、どちらかと言うと、

「毎回会う度に、また来るね、ありがとうって伝えていて良かった。」

そんなふうに思う気持ちの方が、いまは正直強い。

だから、「もう今から病院に行くわ。もうダメかもしれん。」って、昨日お母さんから電話があった時、おじいちゃんがそういう運命を選んでくれたんかもしれんって、そう思いました。

カッコイイおじいちゃんだったから、最後に、大好きな孫に、弱ってる姿見せたくなかったのかなぁ、なんて。

いつもいつも、会う度に、おじいちゃんの話をいっぱい聞いて、いっぱい話して、いっぱい笑った。

ありがとう、また会いに来るからねって、たくさんたくさん伝えたし、元気なうちに、たくさん会えた。

おじいちゃん孝行はまだ全然できなくて、全然立派になれない孫だけど、私は、あの時たくさん伝えておいてよかった

その気持ちの方が、ずっとずっと強い。

後悔、ではなく、 会いたい人に会うことや伝えたいときに素直に気持ちを伝えることの大切さに、今ものすごく共感しています。

別に特別な時じゃなくていい。 なにもプレゼントとか用意しなくてもいい。

「好きだよ」「いつもありがとう」 「ご飯美味しかったよ」 「感謝しています」

そういう小さな言葉一つ一つの積み重ねでいい。

でも、そういう小さな言葉一つで、伝わる想いもあるし、私みたいに、これで会うのが最後になってしまったとしても。

後悔は、ない。 会えなかった悔しさだけ、ちょっとある。

それでも、私は前を見て生きなきゃって思う。

おじいちゃんが大好きだった私は、きっと、前を向いてキラキラしてる私だから。

これから、通夜とお葬式です。 実家に帰れるといいつつ、こんなに楽しみじゃない帰省も久しぶり。

でも、ひとりじゃないからね。 家族がいるって幸せなこと。

今日も生きてる幸せを、噛み締めて生きる。 みんなに支えられてる幸せを、日々思って生きる。

人なんかいつ死ぬかわからない。 だから、伝えられる時に、最大限の愛情を。

ich *

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