愛しいものは抱きしめよう

愛しいものは抱きしめよう **

ありのままの私を愛して幸せになる方法

こじらせ女子が語る。まだ昔の恋人を忘れられない私は、果たして「ダサい」のか

いつも読んでくださる皆さん、 初めましての皆さん、 こんにちわ、ichです。

今日お話するのは、

「忘れられない恋」のお話。

みなさんも、「忘れられない恋」と聞いて、ふと、頭の片隅に思い浮かぶ人がいるのではないでしょうか?

私にも、忘れられない恋の経験があります。

今はもう思い出すことも少なくなりましたが、

それでも、昔の写真をみたり、一緒に行ったことのある場所へ行くと、胸の奥がぎゅっとする感覚に襲われたりします。

失恋した直後や、まだ未練があるとき。

誰に相談したらいいのかわからないけれど、 無性に誰かに話をしたいと思うとき。

友達の、「そんな人忘れたほうがいいよ」の言葉さえも。

忘れられないっていうのは、どこかでまだ 消化できてないのかなって思ったりしていました。

じゃあ、昔の恋人を忘れられない私は、 果たして「ダサい」のか。

本当に、長年ひきずった恋愛は、 「ただの時間の無駄」だったのか。

そして、同じように、いま、「忘れられない誰か」を想っている人がいるのなら、私がその子たちに伝えられることはなんなのか。

私が失恋してから、ずっと考えていたことを、 やっとまとめられるくらいに大人になったので

今日はみなさんに少しずつ、お話していけたらと思います。

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どうして私たちは昔の恋人を忘れられないのか

本当は「こうしてほしかった」という気持ち

人は、見返りを求める生き物だ

と、基本的にはそう思います。

例えば、自分があげたプレゼントのお返しがないとがっかりしたり、一生懸命選んだものでも、「ありがとう」の一言がないままに、受け取られたりするといらっとしますよね?

自分がしてあげたことと同等のことは返してほしい。

それは、私たちがその相手に「期待」を持っている証拠なんですね。

誰かに対して不満を感じるときは「期待」をしているとき

期待というのは、とても自分勝手で厄介なもの、ということを今一度ここで自覚しなければ、と思います。

相手は自分にとって、こうしてくれるであろうとか

この人は私にとって、こういう人であってほしいとかね。

こういう「期待」を相手にどんどんと積み重ねてしまっていると、気づいたときには

「彼がいつもああしてくれない」 「私の気持ちなんてわかってくれない」という不満につながります。

そして、この「期待」を一番してしまう相手は 「自分」のことをよくわかってくれていると感じる相手。

つまり、恋人や家族だったりする場合が多いのです。

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自分をわかってくれていると感じるからこそ

「あの人は自分を一番わかってくれている」と 感じれば感じるほど、相手に期待してしまう。

それは、

わかってほしいというあなたの気持ちを、相手が満たしてくれていると思っているから。

でも、相手はあなたのことをすべて知っているわけではないし、あなたの状態も、いつも同じではないのです。

怒っているとき、泣いているとき、 笑っているとき、傷ついたとき、

人は等しく平等の自分なわけではなくて 自分の気持ちの変化ひとつで、伝え方や受け取り方も変わってしまいます。

だけどそのことに気づかず、その期待をずっと相手に抱いているからこそ、別れてからもずーっと、

「あんなに好きでいてくれたのにどうしてだろう」

とか

「あんなに私のことをわかってくれたのは彼しかいなかったのに」

という未練に変わっていってしまう。

いくらあなたのことを知っていても、その時々で感じ方は変わる。相手に何も言わなくても伝わる、なんて甘えでしかないってこと。

特に別れてしまっていたら、 そんなの尚更なんです。

「何も言わなくてもわかってくれる」

その期待は捨てること。

失恋が悲しいのは、その答え合わせがもうできないところなのかもしれないですね。

そもそも未練なんてものは存在しない

私はもともと、心理学専攻なのですが、最近では脳科学についても勉強をしています。

なぜなら、わたしたちが日常で感じることは、すべて「脳」にインプットされ記憶されるから。

心理学だけを学んでいても、

その人の心理はわからないと思ったので、

合わせて脳についても知識を持つべきだと思ったんですね。

それを研究しているうちに、

「未練」なんてものはそもそも、 わたしたちには存在すらしないんだ

ということを知りました。

わたしたちが思い出せるのは、そのときの映像だけ

わたしたちの思い出は、長期記憶と短期記憶というものにわけられて、すべて脳の中に入っています。

ここでいう、失恋の記憶というのは「長期記憶」の分類になるので前頭葉や側頭葉という引き出しの中に入れられています。

思い出すときはその引き出しをあけて、出来事を引っ張り出しているというイメージ。

しかし、脳がこのときに引き出しているのは、そのときの「映像」だけなんです。

好きという感情は、その映像に毎日気持ちを積み重ねている

最初に「映像」を思い浮かべたわたしたちは、その映像に、あとから、「音声」「体の感覚」「匂い」「そのときの感情」というものを 付け加えて思い出しているのです。

なので、脳の行う「映像」の記憶に対して 「そのときの感情」を作り出しているのは

紛れもなく「今ここにいる」私なのです。

好きな人の顔は思い出せても、声が思い出せなくなってしまったり、どこに行ったかは思い出せるのに、手をつないだ感覚を忘れてしまっているのはこのことから。

記憶に対して毎日そのときの感情を重ねて思い出している

ということを知れば、

あの人が好きだ、忘れられない

という感情は、

毎日自分が勝手につくってしまっている

ということがわかると思います。

私はこの事実を知ったとき、三年間も毎日自分がそうやって感情を作り出していたのかと思うとぞっとしました…(笑)

どうしても思い出して辛いなあってときは、この感情を作り出しているのは自分なんだなーということを、一度言い聞かせてみてください。

少し、気持ちが軽くなったりします。

幸せだった記憶にしがみつくのは今が満足していないから

正直、これを書くと、 「わたしは三年間も何も満足していなかったのか…(愕然)」 となるので、現実を受け止めるまでに時間がかかりました。笑

でもこれが、一番大切なところだったなあと思います。

よくいろいろな場面で、

「失恋をしたら自分磨きをしよう!」

というワードをみたことがあるかと思います。

わたしも、「相手のことを考えて進めない時間」があるのなら、その時間を、「自分が綺麗になるための時間」に置き換えたほうがいいと思っているし、

実際に、そうして頑張ってきたつもりでした。

そう、・・・つもり。(笑)

実際は、全然違うなあ、と。

自分が今充実している!満足している!と思っていても、やっぱり本当はどこかでずっと、彼のことを好きだったんだと思います。

でも、それは、

本当に自分が満足しているわけではなく 満足している自分でありたいと勘違いしていたから

あのときのわたしは、起こる出来事に対して一生懸命、「これは幸せだ!」と思い込もうとしていたんだなと思います。

その証拠に、「今が幸せだ!」と感じる自分のことを、彼に認めて欲しいなって気持ちはずっとあったから。

去年、久しぶりに彼に会うことができたとき、

必要以上に自分を大きく見せたい!と、

ずっとずっと願ってた自分の気持ちの

根っこみたいなものに出会って、

やっと気づくことができました。

昔の恋人がまだ好きなら、好きなままでいい

わたしが、今、あのころを振り返って

「忘れられなかったこと」が本当に「ダサかったのか」考えたとき

出てきたのはひとつ。

「無理に忘れようとすればするほど、ダサかった」

これだけだなあって。

無理に忘れよう、とか

相手の幸せを願おう、とか

意味なかった。

だって、できなかったから。

もうかなわない相手をどこまでも思い続けても無駄だ

ってわかっていながらも、

どこかで忘れられない、

なんて、そんなかっこ悪いことなかった。

好きなら極限まで好きでいい

ただ、これに尽きるなあ、と。

忘れたい!!!ともがく前に、

**好きな自分を許してあげること。

忘れられない自分を許してあげること。**

そうすると、不思議なんだけど、

「忘れたい!」と思っていたときよりも、相手のことって、思い出さなくなるんですよね。

たぶん、「忘れたい」という気持ちさえも、執着だったんだなあ、と。

それを手放すことができたとき、本当の意味でわたしはその執着から逃れることができたんだと思います。

もしも今、忘れられない人がいるのなら

もしも、いま、忘れられない誰かがいたり、失恋直後でその人のことしか考えられないなと思う人がいたら

どうか、気付いて欲しいな、と思う言葉があります。

それは、わたしも三年前、同じようにした間違いです。

だからって、あなたが同じように間違えるとは限らないけれど。

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本気で好きな相手なら、友達にすら戻れなくて当たり前

これは、わたしの大好きなDJあおいさんの言葉です。

わたし、これって本当にそうだなあと思っていて。

よく、別れてからも友達に戻って仲良く遊んでいる とか

別れてからもずっと友達でいよう

なんてシチュエーションがあるけれど

これをすると、

好きな方は一生未練と戦うことになる

ということ、 気付いてほしいなあって思います。

わたしも、彼と別れたあと、「嫌いになったわけじゃない」の免罪符の元、よく二人で遊んだり、それこそ連絡もとったり、別れてからも変わらない付き合いを続けていました。

でもそれって、

もう会えなくなってしまうことなんかより、ずっと辛かった。

いつものように待ち合わせをして、 いつものように遊んで、 いつものように帰るのに。

いつものように手は繋げないし、 いつものようにキスもできないし、 いつものように「また明日ね」って 会話すらできないことは、

私たちはもう終わっている

っていう現実を先延ばしにした、 ただの都合の良い関係だったなあって

本当に、今ならわかるんです。

本当に、本気で好きだった相手なら、 別れたらきっぱり、ちゃんと別れること。

自分のずるさに負けると、 その何倍も、後の自分が辛くなるということ。

わたしが三年間、忘れることができなかったのは、このとき、ちゃんと忘れる準備をしなかった自分のせいでもあるんです。

忘れられなかった期間は無駄じゃなかったけれど

最後に、長年、同じ人を想い続けて、 完全に恋愛をこじらせた私が思うこと。

それは、「忘れられなかった期間に、もがいた経験」は、無駄じゃなかったということ。

忘れられなかった期間に、付き合った経験がないわけじゃないし、好きだと言ってくれる人もいたけれど、どれも、なんだか虚しかった。

付き合って、好きな人がそばにいる。

そのことが嬉しいはずなのに、どこかで昔の恋人と比べてしまう私は、最低だなあって思ったりもしていました。

でも、だからこそ「恋愛」は「本当に自分が好きだと思える相手」とするから幸せなんだってこと。

その間に自分の話をちゃんと聞いてくれる人たちや、周りにいてくれる人たちのこと、どれだけ大切な存在だったのかってこと。

ちゃんと、気づくことができました。

今では、彼だけが男じゃないなーって思えるし、周りにもたくさん素敵な人がいてくれるので、今は自分のことに向き合える毎日が、ちゃんと好きです。

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運命の人は、あなたのすぐそばにいるのかもしれない

私がこの記事をちゃんと書こう!と思えたのは、ある人に出会って、「あ、この人のこと本当に好きだな」という気持ちがまだ自分にあるんだと、気付かせてもらえたから。

好きな人がいるって、苦しいこともあるけど、 私にとって恋愛は本当にできるか謎ってくらいこじらせてたので、やっと好きな人ができたのか・・・!

という喜びの方が大きいです。

今は彼と付き合いたい!とか、

そういう気持ちはないのだけど、 ゆっくり少しずつでも、 恋愛ってものに向き合っていけたらいいなって、そんな気持ちでいます✴︎

好きな人がいることも、

忘れられない人がいることも、

それだけ恋にちゃんと、 向き合ってるって証拠。

女の子が恋愛でキラキラ輝く瞬間を、 これからも応援したいなって思います。

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それでは、また次回お楽しみに。

いつも読んでいただき、ありがとうございます ✴︎