【まるもスタッフ卒業しました】これからは普通の女の子に戻ります。

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ich(いち)

「地方を旅するエステティシャン」として、特定の家を持たずに地方を渡り歩く生活をしています。 女の子に向けた恋愛相談や美容に関するお悩み相談が得意。 そろそろ結婚したい24歳女子です。

2018年6月30日。

普通の人にとっては、「ただそこにある、なんでもない日常」なのだと思う。

だけど、私にとって今日は、大切な日で、特別な日。

なぜなら、まるもスタッフを卒業した日だったから。

昨年11月からの約半年間、本当にお世話になったなぁ…と感じると共に、今後自分がどこに行って、どんな活動をするのか、どんなフィーズにいけるのか、楽しみでもあり、不安でもある。

でも、そんな感情もまるっとここに残しておきたいから、私は今日、ブログを書きます。

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まるもにきた最初の理由は「鳥取でいなフリをやる」だった

まるもにきた最初の頃の私(今より痩せてる…)

まるもの説明はいたるところでしてるから一旦省略するとして、そのまるも運営を大きく支えているプログラムが、「田舎フリーランス養成講座」の存在だ。知らない人は「いなフリ」と、SNSでもGoogleでも調べてみて欲しい。これまでに約200人以上が受講し、その受講生が卒業後、様々な記事を書いてくれている。

1ヶ月間、田舎で暮らしながらフリーランスの基礎となるWEBの知識や、独立の仕方を学べるとあって、毎回定員13名は応募が満員になる人気っぷり。そんな田舎フリーランス養成講座が、まるものある「金谷」以外での別地域でも開催されることを知ったのが、私がまるもにくるきっかけとなった。

その頃、私は祖父の死をきっかけに住み慣れた大阪を離れることに決め、地方をふらふらと渡り歩いている最中だった。8132文字のリアルー都会を捨てて地方を旅すると決めた理由。

鳥取を盛り上げたい。でも、やり方がわからない…

24歳、フリーランス1年目の私に、鳥取を盛り上げられるだけのノウハウも人脈もコネもなく、結局のところ、自分一人でその場所をどうにかしたいなんて無理じゃないだろうか?そう考えた時、たまたま「田舎フリーランス養成講座」の他地域開催の話を知った私は、鳥取でいなフリをやればいいんじゃないか?というところに気付き、まるもの創立者であり、(株)ponnuf  の社長である山口拓也(通称:池ちゃん)に速攻で連絡をとったのだった。

「鳥取での地方創生を考えてるのですが、やり方がわかりません。いなフリを鳥取開催することは可能でしょうか?」

「いいね。とりあえずスタッフとして働いてみる?」

池ちゃんからのレスがきたのは翌日の朝だった。スタッフとして働いてみる?その一言が飛び上がるほど嬉しかったのを覚えている。

丁度私が連絡をした時、まるもはスタッフを新採用しようとしている最中だったらしく、まさにタイミングがぴったりだったらしい。これも何かの縁だな、と思いながら、鳥取から重たいキャリーケースを抱えてバスで12時間、さらに電車で2時間をかけて、わたしはようやく、金谷にたどり着いたのだった。

とりあえず1ヶ月と決めてがむしゃらに働いた12月

まるもの看板娘…?まる五郎。

最初は1ヶ月だけ、スタッフとしてお試しで働くという契約の元、拘束時間のみが与えられ、午後は自分の好きなことをしても良いというフリーランスにはもってこいの環境だった。みんながよりよい空間で過ごせるように、コワーキングスペースの改良や、意見の出し合いなど、「スペース運営のノウハウ」は、この1ヶ月で学べたように思う。

ただ、池ちゃんも私も思っていたのが「たった1ヶ月では成長がない」こと。関われる期間が長ければ長いほど、任せられる仕事も増えるのは当然で、ここでまるもスタッフを続けるのか?新しい挑戦に挑むのか?の決断を迫られることとなった。

ただ、私はそのあと沖縄で新しい仕事をする予定もあり、ここではスタッフの継続を断ることに決め、普通の移住者として、今後も関われたら嬉しいな、という意向を提出したのだった。

まるもでの生活を楽しんだ1月。ここに住みたいなと思った。

みんなで撮った元旦の写真。来年もまた一緒に朝日をみたい。

スタッフを一旦卒業してからは、まるもでの生活を思いっきり楽しんだ。

年末はみんなで神社に行き、お雑煮を食べ、初詣は館山に朝日を見に行った。

友人の誕生日にはpolcaでプレゼント経費を募り、みんなで一緒になってお祝いをした。

フリーランスという職業を利用して、平日の昼間にかわいいカフェを巡ったり

なんでもない日に、ギターを弾きながら金谷の街を見渡す日々。

楽しかった。本当に。

心がずっと穏やかで、毎日が終わらないで欲しいな、と思うと同時に、沖縄のフライトのことを考えた。

〝このまま、ここにずっと住んでいたい〟

心の声は素直だった。そうして、沖縄に行く前日、私はフライトをキャンセルし、このまま、まずは半年間、まるもに残ることを決めたのだった。

スタッフとしての第二のスタート。任される仕事が大きくなる。

正式にスタッフとして採用されてからは、以下のような仕事を任せてもらった。

  • 空き家→シェアハウス開設
  • 地方誌・月刊KANAYAの発行
  • CCラボ(オンラインサロン)の運営
  • まるも全般業務(移住対応や受け入れも含む)

中でも、大きな主軸となったのは、地方誌である月刊KANAYAの発行とオンラインサロンの運営のふたつかな、と思う。

月刊KANAYAは、「金谷の街の人たちと、私たちをつなぐ情報誌をつくりたい」という思いから、最初の企画内容、ページ、インタビュー内容から構成までをすべて任せてもらった。

編集者、という欄に自分の名前が入った時は嬉しかったし、実際に街の人と、顔と顔を合わせて話を聞く機会は移住してからそんなになかったことに気付いて、いつかこの地方紙が金谷を代表する雑誌になればいいな、なんてことを考えながら、想いを込めて製作した。

CCラボは「自分と同じように地方創生を頑張る人たちだけのコミュニティがつくりたい!」ということで、新規案として提出したところ、池ちゃんのOKが出て、サロンとして運営させてもらうことができた。自分がこれから叶えたい地方の未来を語るマイプロジェクトの発表、月に1回、ゲストの住む地方をみんなで視察する「地方ツアー」など、たくさんの企画に携わらせてもらう中で、多くの人がまるものような「コミュニティを育める場所」を望んでいるのだということを知った。

振り返ってみても、自分で企画・立案したことを、実現させてくれる会社なんて、世の中にそんなに多くはないと思う。一緒に仕事をさせてもらえたこの半年間は、自分にとっては間違いなく貴重な経験だったと思うし、まるもスタッフとして働いたこの半年間に、後悔はしていない。

お世話になったみなさん、本当にありがとうございました。

自分の本当にやりたいことは、「地方創生」ではないかもしれない

じゃあ、なぜ「まるもスタッフ」を辞めるのか?

それは、自分の本当にやりたいことが、もしかしたら地方創生ではないのかもしれないという、ものすごく根本的なところにぶつかったから。

  • 旅をしながら働きたい
  • いろんな綺麗な景色をみたい
  • まだ行ったことのない場所へ行きたい

フリーランスとして働きながらまるものスタッフをする。それは、思った以上に湧いてくる、これらの自分の「したいこと」との葛藤でもあった。

当たり前だけど、作業量は増える。拘束時間も、自由に動ける日数も限られる。

やってくるお誘いの数々に、シフトがあるから、仕事があるから行けないジレンマを抱えるようになったとき、「あれ、これって私、なんのためにやってるんだっけ?」と、今一度考える機会があった。

その時に、「本当に地方創世をしたい!」と思う自分よりも、「今はまだ、いろんな世界を見たり、いろんな人と知り合ったり、人脈をつくっていくようなフィーズにいるんだな」と、自分の今のポジションがはっきりとわかる瞬間に出会って。

まるもスタッフでいれば、安泰かもしれない。叶えたい夢も、いつかは実現できるだろう。

でも、それをフリーランスとして叶えてみたり、挑戦する期間だってもちろん必要で。それなら、やってみようって思った。まだ25歳、体力的にも、精神的にも、やりたいことをやるなら、まずは一番若い最先端の自分で挑戦してみようって。

でもそれは、もっと身軽に生きてみて、それでまた、「これがいいな」って思えるものに出会えたのだとしたら、その時はきっと快く「おかえり」って迎えてくれるまるもの、金谷の、みんなの存在を知っていたからこそ、できた決断だと思うのだ。

だからまた、移住者として、いつか金谷に帰ってくることができればいいな、と思っている。

まるもスタッフの〝いっちゃん〟から、次のステージの私へ。

「まるもスタッフのich(いち)です。」から、今は「WEBライターです。」と名乗れる段階にきて、次のステージを見据えるようになった。ライターとしての毎日は、憧れの企業さんから依頼のお話がきたり、いつか一緒にお仕事をしたかった人たちと仕事をすることができて、控えめにいっても幸せだ。

自分の言葉を文章で残せる「ライター」という仕事は、今後も続けていきたいな、と思う。

でも、WEBライター以外にも、まだまだこれから、やってみたいことが無限にある。

  • ゲストハウスの管理人
  • シェアハウスの管理人
  • それぞれ各地に自分の拠点(居場所)を持つ
  • イベントの司会・運行
  • ラジオにゲスト出演
  • テレビ出演
  • 歌う仕事
  • 自分の本を出版する
  • イベント登壇・ゲスト対談
  • テレビに出る
  • タレント的ポジションで活躍

そしてこれは、まだまだきっと増えていくし、大切な人やこれから出会う人たちによって広がっても行くんだろうな、と思う。

とりあえず直近のステージは「旅をしながら働くこと」を自分のメインにすること。

将来、海外でノマド旅とか、自分の好きな場所でのらりくらりと、文章をかけていたら、それは本当に幸せだなぁ…と今はぼんやりだけどそんな風に思っている。

とにもかくにも、今はできるだけいろんなところへ行きたい。

飛び回りたい。いろんな経験をしてみたい。

そう、私は駆け巡るのだ!!!!

そうして、ちょっと疲れた時、また「頑張ろう」と思わせてくれるみんなに元気をもらえたらなって。

そうやって、人の優しさに触れながら、自分も優しさを与え続けたいなって、そう思う。

25歳という、人生の少し節目を迎えた今、じぶんの人生を、これからを、よりよく歩めるように。

先のことはわからないけれど、今はこの決断でよかったって思えるように、未来を歩んでいくしかないから、そうやって歩いていきます。強く、一歩一歩、前を向いて。

最後に

まるもスタッフとしてこの半年間、金谷に関われたこと、移住できたこと、みんなに出会えたことは、私のこれまでの人生の中でも、今後の人生の中でも、間違いなく、一生忘れられない経験になったなと思う。

みんなと一緒にご飯を食べて、辛い時は相談したり、楽しい時はワイワイ集まったり、

一緒に海を見たり、カフェに行ったり、星空の下で話したり、

誕生日をお祝いされたり、お祝いしたり、旅立ちをみんなで見送ったり。

毎日そばにある当たり前は、全然当たり前なんかじゃないことをこれから、金谷を出て、少しずつ絶対に実感していくんだろうなって思っています。

だけど、それはきっと、自分の中でいつまでもキラキラと輝いてくれる宝物のようなもので。

寂しさや、離れる辛さよりも、「またいつでも帰ってきていい場所」として、ただそこにまるもが存在してくれることが私にとっては、本当に嬉しくて、支えでもあるのだから。

ここがあるから、がんばれる。

そういう存在が、きっと、「まるも」の原点なのだなと思うのです。

金谷という場所は、家っていうよりアジトって感じ。|ich @mw400813note(ノート)(金谷を出るちょっと前に書いた記事)

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