地方再生のキーワード-若者が帰ってきても地方が盛り上がらない理由-

ABOUTこの記事をかいた人

ich(いち)

地方を旅するノマドワーカーとして、特定の家を持たずに旅をしながらブログを書いて生活する24歳。 こじらせ女子代表として、女の子に向けた恋愛相談やコラム連載などを発信しつつ、「可愛く」「おしゃれ」に旅をするというコンセプトの元、キャリー1つで地方を転々とするノマド旅を始める。フォロワーは現在2000人を突破。恋愛ブログはLINEブログのトップを飾るなど、多方面で活躍中…!

都会で頑張る、地方出身者のみなさんこんにちわ。同じく大阪に出てきて6年目、こじらせ女子のich(いち)です。

突然ですがみなさん、地元には帰りたいですか??

私は先日、地元でこんな話を聞きました。

「いま、地方自治体は躍起になって、Iターン、Uターン活動を進めている。そのおかげで地方移住者は増えているのにも関わらず、なぜ地方は盛り上がらないのか」

と。確かに、県別に見る移住者の数は、年々増加傾向にあるのが現状で、自治体によっては移住希望者で溢れかえっている場所もあるそう。

でも、でもね、私、思うんです。

移住者は増えてる。

それなのに、昔ながらのお店は潰れ、都心部にどんどん新しい建物が立っていても、若者が街にいない。

市街地からすこし外れると、「ここに人が住んでるの?」と思うような場所に、たくさんの身寄りを亡くした高齢者が身を寄せ合って住んでいる現状がある。

あれ?あれれ???

移住者が増えて、若者が増えても、

全然盛り上がってなくない?地方?

それには、私たちのように、地方を離れて都会で就職する若者の、

帰りたい。

でも、帰れない。

そんな本音が潜んでいるということを、私は今日、ここで発表したい。

そして、その本音を知らない限り、きっと、これ以上の地域再生に未来はないんじゃないかということも。

これが23歳、都会で頑張る私の、リアルです。

スポンサーリンク

 本当は帰りたい若者の本音

わたしは地元、鳥取を18歳で出て、そのまま大阪に移住しました。故郷を出た理由はひとつ。

「もっと広い世界を見たい」

そう思ったから。

家族もいない。友達もいない。知り合いもいない。そんな見知らぬ土地で暮らすのは、怖さもあったけど、楽しみだった。

誰も知らない街に行きたい。

物心ついた頃からそんな感覚はずっとあった。

元彼の元カノのお母さん同士は知り合い、

友達のお兄さんは自分のお兄さんとクラスが同じ……

なんてことはザラにある。

そんな、どこにいても、誰といても、何故かどこかで繋がりができてしまう田舎という世間の狭さに、当時の私はうんざりしていたのかもしれない。

人がたくさんいる都会なら、自分のことにいちいち鑑賞されなくて済む

そう思って、わたしは地元を出た。

新しい自分になるため。

誰も知らない土地に向かった。

f:id:mw400813:20170618165729j:image

待っていた現実

でも、正直、全くと言っていいほど、私は何も変わらなかったし、変われなかった。

18歳で付き合った当時の彼氏とは別れるし、その彼を捨ててまで選んだ仕事でも、結果の出せない自分がいる。満員電車に揺られながら、何も楽しくない、何もときめかない毎日をただひたすらに過ごす。

イケダハヤトの、「まだ都会で消耗してるの?」あの言葉は私にぴったりだと思った。

都会には楽しいことがいっぱいあると信じて上京してきたけど、私は、私が空っぽのままじゃ何も得られないことに、6年経ってようやく気付いた。

都会にはたくさんの情報がある。たくさんの人がいて、いろんな考え方がある。

でも、それは、情報の量が増えただけで、それを選択する自分の質は変わらない。

それなら、選ぶものが増えたって、選べるものは変わらないままだった。

それに気づいてからの私は、毎日のように「帰りたいな・・・」と故郷に思いを馳せるようになった。

実際、都会から地方に移住する大半も、「都会の生活に疲れた」だとか「日々の忙しさの中で自分を見失いそう」という状態で、地元のゆったりとした生活に憧れるという人も少なくない。

私たちは都会に夢を見て、そして、その夢が幻だったことを知ると、途端に地元に帰りたくなる。

でも、本当にそれでいいのだろうか。

18歳の私がつぶやく。

「こうなりたかったわけじゃない」

「地元に帰って、何が待っているのだろう」

地元に帰る=もう夢を見られない

私が一番思うのは、地元に帰ったら、もう夢をみることができないという名の恐怖だ。

そんなふうに思う若者が沢山いて、実際に帰っても、その思いのまま、地元でくすぶってる人たちも沢山いるってこと。

夢を見たいと思って都会に出てきた若者が、都会で疲れて、地元に帰る。

そこに、ひとつもポジティブなストーリーを感じないのはなぜか。

それは、都会という大舞台で勝負した人にしかわからない風景なのかもしれないけれど。

「都会は楽しい。田舎はつまらない」

ますはこのキャッチコピーからなくすべきではないのだろうか。

地元は、自分の夢を諦めて出戻るスタートラインのままでいちゃいけない。

私は故郷を思う時、やっぱり、そんな風に考えるのです。

やりたいことがある若者を応援する制度がない

そんな私も、一度、本気で鳥取に帰ろうと決意したことがあって、都会に疲れ、人に疲れ、もうこれ以上何で頑張ればいいんだろう、と思った時、やっぱり地元はいいなと思った。

でも、働くなら、なにか新しいことをしたい。

鳥取に帰っても、若者がワクワクすることや、今までにないような働き方でお金を稼ぐことが出来たら…。

そんな時に出会ったのが、美容のお仕事だった。

簡単に言えば、私がいて、欲を言えばエステを出来るだけのサロンがあって、

それが普及すれば、鳥取でも何とかやっていけるお仕事かもしれない。

当時、自治体のやっている制度に関して無知だった私は、分からないながらに「若者支援制度」とか「Uターンに向けての助成金」を調べ、最後は県庁に辿り着いた。

こういう化粧品を鳥取で販売したいんです。

f:id:mw400813:20170618165744j:image

県庁の中にある小さなコミュニティスペースで、私はそんな話をした。

「収益の見込みはありますか?」

当然ながら、県庁の人にはそう聞かれた。

正直、まだ当時は始めたばかりで、収益なんて出なかった。

でも、美容イベント出店時の反応を見ていて、わたしはなんとか働きながらでも、その化粧品を持って鳥取に帰れないだろうか、新しい事業としてオーガニックショップなどを立ちあげることは出来ないだろうか、相談した。

すると、その時の担当者さんは私に言った。

f:id:mw400813:20170618165801j:image

「大変申し訳ないんですが、まだお若く、職もたくさんありますよね?正直、こんな田舎で事業をさせるのは厳しいと思います。昔はチャレンジショップとかありましたけど、今はもうないし…」

 ※チャレンジショップとは、月に数万の家賃で新しい事業を起こしたい人たちに場所を提供しますよ、という制度

「こんな田舎で事業をさせるのは厳しい。」

その言葉が胸に刺さった。

IターンやUターンの支援は沢山ある。

でも、その中で、夢を持つ若者に向けての支援は何故こんなに少ないんだろう。

その時、やっぱり思った。

あぁ、そっか。

じゃあ、やっぱりこっちでは夢を見れないじゃないか。

と。

とりあえず、事業計画案を見せてください、と言われ、私はもう一度、事業計画を練って、その年、地元の起業家コンテストに応募した。

けれどその年の起業家コンテストには、見事に落選。

夢を見る若者より、確かな実業家の方がよっぽど利益を生み出すからだ。

その時、やっぱり私なんかじゃダメなんだ、と思った。

地元で何かやりたい。

地元に貢献したい。

新しいことをやってみたい。

でもそれには、確かな計画と、資金援助と、場所の提供が必要だった。

私みたいな小娘が出来ることなんて、ここには何も無い。

なんだかそう言われている気がして、わたしはその年、地元に帰るのを諦めた。

夢のある若者たちへ

この話を初めて口にしたのは、先日、鳥取で行われたスピカと呼ばれる団体の会議にお邪魔した時。

何気なく、呟いたこの一言をきっかけにその後メンバー内でたくさんの意見が。

などなど・・・

自分の発言に賛同してくれる人や、意見をくれる大人がいる。

同じように、志を持ってくれる人がいる。

そのことが、無性に嬉しかった。

わたしが18歳の時に、同じように言ってくれる人はいなかった。

少なくとも「応援してる」なんて言葉をかけてくれるような大人は。

県庁に行った日、君には無理だろうという顔つきの大人をみて私は全てを諦めた気持ちになっていたけど、そうじゃない。

そうじゃないんだよなあ。

これをつぶやいてから、まだほんの数日。

それなのに、この発言から、わたしにはいま、物凄くでかいプロジェクトの話が舞い降りてきています。

スピード感が本当にすごくて、この数日いろいろありすぎて、頭が追いついていないのが正直なところなんだけど。

でも、生まれ育った街を見て、思う。

「地元が、若者の帰りたい街になればいいな」

「夢を叶えられる場所になればいいな」と。

わくわくやトキメキは、いつだって、何歳になったって、持っていていいと思う。

そのトキメキが、世界を動かすことがあるってことを、わたしは伝えたい。

いまはまだ、小さい、小さい世界だけど。

夢は、ひとりでみるより

みんなで見た方がきっと楽しい。

だから、いろんな人の力を借りて、みんなの夢を叶えられたらいいなって、都会で頑張り続けた23歳の私は、いま、地元のことをそんな風に思えるようになりました。

f:id:mw400813:20170617183208j:image

夢のある鳥取へ。

一人じゃできないけどね、みんなの力があればきっと、出来ると思うんだよね、不思議なんだけど。

ich *

スポンサーリンク